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Aug 20, 2019

林夏子の「はてしないお茶物語」 vol.10  息を呑む絶景! 瀬尻の段々茶園

林夏子の「はてしないお茶物語」 vol.10  息を呑む絶景! 瀬尻の段々茶園 photo

浜松駅でレンタカーを借りて出発。天竜川を北上し、龍山(たつやま)を目指します。かつて今川氏の居城であった二俣城址のある天竜区二俣を過ぎたころから山道に変わり、両側に山並みが迫ります。天竜川に沿ってさらに上流を目指すこと、1時間ほど。秋葉ダムの手前から、川面の色が深みを増し、水浅葱(みずあさぎ)に変わります。その両脇の山腹には萌黄色の茶畑が点在します。龍山茶の産地・龍山町に到着です。


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静岡県棚田十選『瀬尻の段々茶園』

お邪魔したのは、銀鼠(ぎんねず)と萌黄が美しい層をつくる段々畑。ここは『瀬尻の段々茶園』として静岡県棚田十選にも指定されている茶園。岩を砕いた石を積み上げて作られた石段はなんと、120段もあるそうです。


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石段を積み上げたのは今年90を数える藤原久一(きゅういち)さん。2005年7月に段々茶園のある龍山町(旧龍山村)は周辺の町村と共に浜松市へ編入しましたが、旧龍山村で村会議員を4期務められた功労者でもあります。


旧龍山村は戦後まもなく、麦などとともに急斜面で茶を作ってきた地域。畑の開墾に伴い、石段を組む技術も受け継がれてきました。この段々畑のある山は秋葉ダムがつくられるとき、藤原さんが土地を交換して入手しました。それからコツコツと手作業で石段を積み、チャノキを植え、育ててきました。石段はコンクリートなど接着剤を一切使わず組んであるそうです。 マグニチュード3.9を記録した2017年の静岡県西部地震でもほとんど崩れなかったといいますから、技術の高さがうかがえます。現在ではこの段々畑を作れる人がほとんどおらず、藤原さんは浜名湖花博(2004年4月~10月開催)の石段制作の指導も担当されたといいます。


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(段々茶園の創設者、藤原久一さん)



5年前に足の病気を患ってからは急斜面での作業が出来なくなり、現在は主に奥さんのます子さんがお茶の仕事をしています。繁忙期には息子の直宏さんや孫の滋人(しげと)さんもます子さんの指導の下、手伝います。



八十八夜にファーストフラッシュ(一番茶)の茶摘み

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(ます子さんが大きな籠を腰に下げ、茶畑に案内してくださいました。)



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〽夏も近づく八十八夜の茶摘み歌の通り、立春から数えて八十八夜(例年5月1日)のころ一番茶の摘み取りが行われます。一番茶、すなわち、ファーストフラッシュ。冬の間じっくり栄養を蓄えた新芽で作られたお茶は苦みが少なく、フレッシュな香りが特徴で、初物は高値で取引されます。ここ藤原さんの茶園でも一番茶の茶摘みではご近所の方がお手伝いにきてにぎやかに行われます。手摘みでも、熟練の摘み手さんの手にかかれば、みるみるうちに作業がすすみ、茶籠がいっぱいになるころには辺り一面がお茶のさわやかな香りに包まれます。


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(手際よく茶が摘み取られる)



絶景の茶園、実は登るだけで重労働

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滋人さん「上まで行ってみます?もし林さんが大丈夫ならですけど」



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(登っても登ってもまだまだ続く段々茶園)



しげ子さんに変わって、孫の滋人さんに案内していただき、一番高い畝まで登ってみました。現在は大阪に住んでいて山登りの機会こそ少ないですが、岐阜市の山間部で育ち、山が遊び場だったので、山登りには自信があります。しかし、登ってみてはじめて滋人さんのご心配が決しておおげさではないことを感じていました。息を切らし、何度か足を止めながらようやく到着しました。


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(一番高い畝から見下ろす絶景)



急斜面に張り付くように生息する萌黄色の茶畑、その先の水浅葱の天竜川の美しさに思わずため息。静岡県内には絶景の茶園が点在しますが、ここは10本の指に入りそう。滋人さんは小さい頃から茶園で働く祖父母の姿を見て育ちました。現在は医療関係のお仕事に従事されていますが、茶園の仕事がとても好きだといいます。ます子さんはまだまだお元気とはいえ、登ってくることができず茶園上部の管理はできなくなりつつあります。滋人さんや直宏さんも無理を押して手伝っている状況です。



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滋人さん「僕だって、自分の代で茶園を潰したくない。そのためにどうしたらいいか…。」



作れば売れた、という時代は昔話となり、茶業は過渡期にあります。どんなに美しい茶園でもお茶の技術も経営のノウハウもないまま茶園を継げば、厳しい現実が待っていることは間違いありません。言葉を詰まらせる滋人さんに掛ける言葉がみつかりませんでした。 



お茶の国の将来は

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(杖をつきながら階段を下りるしげ子さん)



茶が産業作物である以上、採算が合わない茶園の管理をし続けていくことはご家族のご負担でしかありません。この絶景の茶園にやがて人の手が入らなくなる日がくるとしても、それは仕方がないことなのでしょう。


茶業に限らず農業全体において、耕作できなくなった耕作放棄地※が増え続けています。耕作の放棄にとどまらず、人々が農地の耕作をあきらめ仕事を求めて農村を出ていった結果、農村集落そのものが消えてしまう、「消える農村」も。これは農業や地方が抱える深刻な問題ですが、様々な面で都会は地方に支えられて成り立っています。地方の問題は都会に住む私たちの問題でもあるはずです。

食料自給率が下がっても外国産の食品を輸入すれば本当に大丈夫なのでしょうか。社会全体が先の見えない時代にあって、都会が助かるのが最優先、人口の少ない農村が消えていくは残念だけど仕方のないことなのでしょうか。もしも限られた資源やマンパワーの中でも一縷の望みがあるとしたらどんなことでしょうか。お茶農家さんをはじめ茶業者さん、お茶好きさんに限らず、ご知見をお持ちの皆さんのお考えをぜひお聞かせいただきたいと思っております。


お便りお待ちしております。


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瀬尻の段々茶園

林夏子の「はてしないお茶物語」 vol.10  息を呑む絶景! 瀬尻の段々茶園 photo

所在地:静岡県 浜松市 浜松市天竜区龍山町瀬尻

お問い合わせ:龍山協働センター(TEL:053-966-2111)

ご注意:茶園は私有地です。また大切なお茶を育てています。撮影や鑑賞のために茶園に無断で立ち入るなどの行為は絶対にNGです。必ず事前にお問い合わせください。

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※ 「耕作放棄地」とは、「以前耕作していた土地で、過去1年以上作物を作付けせず、この数年の間に再び作付けする意思のない土地」。(農林水産省が実施する統計調査にて定義)